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第12回 OTAGAISAMAの輪!OTAサポ 三木智裕さま

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第12回 OTAGAISAMAの輪!OTAサポ 三木智裕さま

今回はOTAGAISAMAサポーターとして応援してくださっている、三木智裕さんにインタビューさせていただきました!多くの飲食店での勤務やカフェバーの経営の経験をされた三木さんが、変わらず持ち続ける強い想いとIAECへのお気持ちを伺うことができました。

自己紹介

自己紹介

三木智裕です。東京でpratimakrrm cha-ゆるやかな彫刻というカフェバーを共同で3年ほど開いています。お店の名前はSF作家の短編小説からとりました。カフェバーはコーヒーもお酒も飲めるお店で、喫茶店ともちょっと違った雰囲気が楽しめます。

ジビエ料理と鹿肉のハンバーグがおすすめなので、ぜひお近くに来られた際は寄ってみてくださいね。

目次

最近のマイブーム

最近のマイブーム

※画像はイメージです

読書が好きですが、最近は読むのにパワーがいるのであまり読めていないですね。

あとは、シュノーケリングです。30メートルぐらいの深さがある場所で泳いでいます。今年も沖縄に行って魚や珊瑚礁を見て楽しんできました。すごく気持ちが良いんですよ。

最近は水素風呂にもハマっています。アンチエイジングや血行に良いんです。スマホをいじりながら1時間入ってますね。今は水素風呂に入ることがルーティンになっています。

自分を貫く、自由な学校生活

自分を貫く、自由な学校生活

※画像はイメージです

小さい頃から、わがままでやんちゃな子でした。高知県の春野幼稚園に通っていたので、近くの西武球場までよくキャンプを見に行っていましたね。

両親が喫茶店やパスタなどの飲食店を経営していたこともあり、休みの日は日本生命の仕事をしている祖母の営業先を一緒に回って過ごしてました。

小学校では、図工の時間に粘土にはまるとその後の算数や国語の授業になっても、ずっと没頭して粘土をやってるような子どもでした。授業を全く聞かなかったので、小学校2年のときに退学になりかけました。通っていた小学校では担任が2年単位で変わるんですけど、3年に上がる前に母親と自分が呼ばれて、「面倒を見きれないので、辞めてもらっていいですか」と言われました。


一応中学年へと上がりましたが団体行動が嫌いで、斑活動のときは離れ小島みたいに1人で授業を受けていました。だから友達がほぼいなかったんですよね。仲良かった子が引っ越すこともあって、休みは祖父と将棋をしたり、本を読んでました。友達がいないことが苦じゃなかったんですよね。


中学校は大人しくしてたんですけど、帰宅部だったのもあって友達は1人でした。 

高校は、私立の方が頭がいい風潮があったので私立に進学しましたが、ここでも浮いていました。5分の1くらいは学校に行っていないですね。学校に行かない日は、ゲームセンターのバイトや麻雀をしていたので、高校生活での思い出はあんまりないですね。

実家の全焼、東京での新しい生活

実家の全焼、東京での新しい生活

※画像はイメージです

高校卒業の時期に火事で家が全焼してしまったんです。犬以外はみんな外出していたので無事でしたが、思い出のアルバム類は全て燃えてしまいました。ただ、大学進学のため上京することが決まっていたので、「帰る家がなくなったなあ」くらいにしか思っていませんでしたね。家族はそれぞれ別の場所に住むことになったので散り散りになりました。

亜細亜大学に進学しましたが、つまんないなと思って20歳のときに中退して、そのまま東京で働くことにしました。

転々とするなかでの夢や気づき

転々とするなかでの夢や気づき

※画像はイメージです

神保町のダイニングバーで働き出した時に、飲食店って面白いなって気づきました。そこのバーは、出版社勤めのお客さんが多かったんですけど、その中の女性客が「女性1人で行けるようなバーをやってくれたら嬉しいな」と言われたのをきっかけに、じゃあそんなお店を自分でやろうかなと思い始めました。ただ、飽き性だったこともあり、直ぐに「お店やろう!」とはならなかったですが、職を転々としながらも自分のお店を出す考えはずっと頭の中にありました。


24歳のときに六本木のジャズバーに移って、バーテンダーを目指すようになりました。4年ほど働いて、そこで基礎から色々なことを勉強させていただきました。

とても影響を受けましたし、今も一番仲良くさせていただいていて、自分の土台になったなと感じています。


その後、銀座、西麻布などのお店を転々としていました。お客さんの中には、企業の社長だったり、名のある方々もいて、そういった方々は自己表現がすごく上手なんですよね。そこで自分の底の浅さ、小ささに気づかされて、何者でもない自分を比較してはネガティブに捉えてました。


でも結局は自分のやれることをやるしかないので、変わらず自分の道を貫こうとは思っていました。

紆余曲折を経て、念願の開業

紆余曲折を経て、念願の開業

※画像はイメージです

汐留の会員制のお店で働いていたときにお客さんだった2世タレントさんと仲良くなりました。そのタレントさんが事務所を独立するという話を聞き、そこで営業として働きましたが、社長だった放送作家さんが逃げて、給料を貰えなくなり1、2年は収入が安定しませんでした。


ワンルームに15人くらいのたこ部屋で1年過ごしましたが、結局待遇が良くならなかったので退職しました。


そのあとは、ファミレスのバイトから始め直して、お金が貯まってきてから池袋のラウンジで働き、有楽町のダイニングに移りました。


その時期に彼女ができたので、彼女の家に転がり込みました。仕事とプライベートが一緒くたになってましたね。彼女とは6年間付き合って別れました。彼女が1型糖尿病を患っていたんですけど、死産、流産等色々なことがありました。


その後も色々お店を転々としていたのですが、お店を出すという夢はずっと自分の中にありました。そしてお金が溜まってきたのもあって、ついに2019年に、今がタイミングなのかなと思い、東京で今のカフェバーを開業することができました。

IAECを応援する経緯

IAECを応援する経緯

※画像はイメージです

新しい命が生まれとしても、健常者でないと生活がうまくいかないという風潮や、なにか人と違うことがあるだけで特殊学級にいれられて普通の人とは隔離されるというのが嫌だなと感じていました。


そういった経験もあってIAECさんを応援させていただいています。

他にも動物保護などいくつかの社会貢献団体に寄付をしています。

OTAGAISAMAサポーターとしてIAECと一緒にやってみたいこと

OTAGAISAMAサポーターとしてIAECと一緒にやってみたいこと

※画像はイメージです

直接的に関わっていけるようなイベントをやってみたいですね。

社団法人や財団法人じゃないところで、障がい者カフェや障がい者スポーツをすると補助金が出るので、補助金を活用して何かしてみたいです。

OTAサポの皆さまへメッセージ

OTAサポの皆さまへメッセージ

自分が役に立てるか分からないんですけど、人間一人で出来ることは限られてるので、やれる範囲でやることをやる、できる範囲で関わってみる、覗いてみる。喫茶店に入ってコーヒーを飲むような感覚で関わっていきたいですね。自分の人生も出会った人たちにも必ず意味があります。せっかく繋がっているので、直接ではなくてもサポートはできると思うので、切らさずみんなでやっていきましょう。

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いかがでしたでしょうか?

三木さんのような面白い経験と才能を持った方々が、IAECのOTAGAISAMAサポーターには沢山いらっしゃいますので、今後もご紹介していきます。

また次回をお楽しみに!

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